<span class="hpt_headertitle">創観10.ストレス という 幻1</span>

創観10.ストレス という 幻1

 

人間、プレッシャーに 強い人、

弱い人がいる、

 

それと 同じ様に

ストレスに 強い人、弱い人が いる

だが、ここでは

単なる ストレス解消 方 ではなく、

稀蹟の ストレス解消 法を お教えしよう

 

解消法とは 字の如く、解消だ

つまり ストレスを 乗り越えるのではなく

ストレスを 消すのだ

 

ストレスを感じたり

ストレスに 色んな対処をしたりするのは

いいけども

そもそも、ストレスって 何だろうか?

ストレスの仕組みを

理解しているのだろうか

 

ストレスそのものを まず

「客観視」出来るだろうか

その仕組みから見れば 、

客観視が 出来た段階で ストレスは

その不快さを失う

 

ストレスを 改善出来ない人は

そんな簡単に ストレスから

不快さが 消えるなんて あり得ない

と 思うことだろう

 

しかし、その思いもストレスだ

 

ここまでの説明で 笑えない人は

ここまで読んで

笑えないことで さらに ストレスだろう

 

ここまで読んで 笑えた人は

ストレスとは そもそも

『何か』が 判らなくなる

 

さて ストレスとは 何かを

そして その仕組みを

理解しているだろうか

 

運動会の駆けっこで

こけてしまった「理解」とでも

言っておこうか

ストレスとは 理解力のない ストレスだ!

 

思考と 時間と ストレスは 余分三兄弟だ

なぜなら、今を生きる人にとって

ストレスは 実在しないからだ

今を 生きる人、または

現時点に 感覚 認識を置くならば

ストレスは その居場所を 失う

 

人の 感覚認識の 対象は 現時点であって

決して 過去や 未来を行ったり来たりする

時間の概念の 中にあるものではない

 

過去や 未来は 時間の中にあるのであって

感覚認識の中に あるものではない

 

また 感覚認識は

思考の中に あるものではない

 

思考は 大きな 感覚認識の中にあるのだ

 

つまり 感覚認識を通した 思考であれば

思考もまた ストレスを忘れ去る

 

その仕組みを 当てはめるなら

ストレスの持ち主は

感覚認識を働かせていない

 

感覚認識は 「知覚」であって

五感ではない

五感は 脳の機能と連携している

 

しかし、知覚は 精神、つまり

心の機能と 連携しているのだ

 

よって、ストレスは

心が機能していない人の 専売特許だ

 

さて、ムッとしただろうか?

 

ここまで読んで ストレスなら

心で 読み直しなさい

 

感覚認識は、感じる 知覚

 

心は「感じること」によって 機能する、

感じること、それは 「今」に居なければ

不可能だ、

感じること それが「知覚」を 働かせる

ストレスは 「理解力の 欠如」だ

 

知覚を 働かせなさい、すると 必ず、

理解力が 目覚めるだろう

理解 と ストレスは 同居しない

光 と 闇が 同時に 存在 出来ないように、

 

 

脳は、「不快脳」 と「愉快脳」がある

 

だから その仕組みと 機能、

使い方を 学んだ方がいい

 

人間、どんなに試行錯誤して 悩んでも、

そもそも 不快脳を 使っているのなら

結果、必ず 不快となり ストレスを かかえる

 

ストレスを 何とかする前に、

脳の 使い方の 問題であることに

気付くことが 先だ

 

例えば、お笑い番組を 見たとする

 

その番組の中で ブラックな言葉や

ネガティブなことを 言っても

すべてが 笑いになる

それは 始めから

お笑い番組を 見ている という

気分というか、態度、心構えというのが

無意識でも はっきりとあるからだ

 

だから 笑える様に 聞くのだ、

 

 

さて、知覚、心の機能 そして理解は、

どの様にして 愉快脳を

生起させるのだろうか?

 

ストレス、 それは 実在するのだろうか?

 

つづく